『兄が死んだ。姉から電話でそのことを知らされ時、私は思わず小さな声で「万歳!」と叫んだ。16年待った。長い16年だった。』
なかにし礼(故人)さんの著書「兄弟」の冒頭の一節です。
「万歳!」この言葉に衝撃を受けました。血のつながった兄弟がここまでいくかと思いました。この本(兄弟)を読んで、礼さんがおもわず「万歳!」と叫んだ気持ちが分かりました。
中西一族は満州から引き揚げ小樽に住んでいました。兄が家を担保に借金し、ニシンの網に賭け失敗し全てを失います。
年月が過ぎ礼さんは石原裕次郎さんと出会いました。これが作詞家なかにし礼を生んだ原点です。最初の作品は菅原洋一さんの「知りたくないの」でした。作詞家、作家としても大活躍します。
一方の兄は、ニシンの失敗にも懲りず、博打好き、見栄っ張り、会社を設立しては倒産を繰り返し、倒産させた会社は10数件に及びます。その度に礼さんが尻ぬぐい、肩代わりした借金は計り知れません。この「底無しの甘ったれの怪物」が、ゴルフ場の開発に手を出しました。礼さんは知らぬ間に社長にされていました。違法が発覚し会社は倒産、兄は姿を消し大きな借金が残りまし。礼さんの全財産を処分しても、5億5千万円の負債が残りました。礼さんはたまらず兄と絶縁しました。
礼さんは生活にも困窮する借家住まいとなりました。しかし、めげずにヒット作品を連発し、この借金を返すことができました。
絶縁してから16年、兄の死を知り思わず「万歳!」と叫びました。尋常でない兄の「呪縛」から解き放された瞬間でした。
(例)同居の母親を兄夫婦が看取りました。遺産は自宅と預貯金で、相続人は兄と弟です。母親は学業に秀でている弟を溺愛し、何事も言いなりで、ほしいものは何でも与えました。弟は「はしっこい」が、兄は「とろい」と、よく言っていたそうです。
兄は、我慢と苦労を強いられ、忍耐と思いやりを持った人間に育ちました。弟は、あまやかされ、我慢を知らぬ身勝手な人間に育ちました。品質に劣る「カミソリ」のような弟に対し、兄は力を秘めたる「ナタ」のような存在です。
この兄弟の遺産分割協議に立ち会いました。墓守や親戚付き合いなどを考慮し分割案を出しました。だが弟は聞く耳を持ちません。兄に言いたい放題です。兄は下を向き、こぶしを握りジッと堪えています。弟は千円単位までこだわります。最後は兄が1歩2歩と譲りました。しかし、弟は兄の有り難さなど感じていません。
相続での遺産分割協議は、自分を偽ることができません。本性が表に出てくる怖い瞬間です。この時の姿が「本当の自分の姿」です。
人生や兄弟もいろいろです。相続に立ち会うと、礼さんの兄やこの弟のように、同じ血を引く兄弟姉妹でも、人格と性格が天と地ほど違う人がいることを、見せつけられることがあります。
