カテゴリー : 野口レポート

社会秩序を保つため国が定めた規範が法律です。常識は普通の人が持っている日常的な知識と感覚です。

万人に平等であるべき法律や税法ですが、知ると知らないでは大きな不公平が生じます。また、法律が幸せと一致するとは限りません。そして、常識が法律に勝てないのも世の常です。

相続の実務やアドバイスでは、時には法律を一度頭から外し、依頼者の幸せは何かを、心から考えてみる必要があります。

知人の紹介で相談者Bさんが見えました。ご主人のAさんは大地主の長男で、商社に勤めているエリートサラリーマンです。だが、不幸にして50歳の若さで急逝されました。

父親が早逝しており、当時は年少であったAさんですが、跡取り息子として、多くの不動産を相続しました。その後Bさんと結婚しました。ところが子宝に恵まれませんでした。これが今回の相続問題の根元です。相続人は配偶者のBさんとAさんの母親です。

「先の父親の相続で兄が相続した不動産は全て母親に相続させろ」と、義兄弟姉妹が連日のようにハンコを迫ってきます。Bさんが相続した不動産は、Bさんが亡くなれば全部B家側へ移ってしまいます。これを防ぎたいのはA家側の心情です。

Bさんは法律相談や弁護士のところを転々としました。「3分の2の権利がありますよ。」出てくる答えはどこも同じでした。

義母に仕えながらご主人を支えてきた想い。連日ハンコを迫る義兄弟姉妹。法律相談にいけば3分の2の権利があると言われる。Bさんはどうしてよいのか分からず、眠れない日が続いています。

Bさんにお話しさせていただきました。法律を盾に戦えば勝てます。だがA家とはいがみあうことになり、生涯いやな思いをし、過ごさなければならない、土地のルーツをたどればA家が代々引き継いできたものである。相手は兄の固有財産は相続してよいと言っている、ひとり身のBさんが暮らしていくには足りる財産である。

若いBさんの人生はこれからです。得るは捨つるにあり、「ここは譲ってしまい、残りの人生を、明るく楽しく健康で暮らした方が勝ちですよ。財産でなく自分の幸せを取りましょう」と、アドバイスしました。Bさんはこの言葉で我に返り号泣です。

「ハンコを押しました。」数日後、吹っ切れた明るい声が電話の向こうから聞こえてきました。お会いした時には、ウツの扉を開け、すでに片足を突っ込んでいる状態でした。優先すべきはBさんの幸せです。一度ウツの世界へ入ってしまったら、元に戻れる保証はありません。ここは背中を掴みグッと引き戻して差し上げることです。

法律や財産が人の幸せと一致するとは限りません。相続人の幸せを守って差し上げるためには、法律や財産を一度頭から外し、その人の幸せは何か、心から考えてみることも必要です。