カテゴリー : 野口レポート

10数年前の話です。地元小学校の卒業式に行ってまいりました。普段さりげなく使っている五円玉に願いが込められていることを、来賓の校長先生(中学校)の祝辞で初めて知りました。

五円玉は昭和23年、戦後初めて造られた硬貨で、最初は穴が開いていませんでした。国会議事堂がデザインされているこの五円玉は、当時の一円玉と姿かたちが似かよっていたため、昭和24年に区別しやすいようにと穴が開けられました。

新五円玉には、米が豊かに実ってくれることを願った「稲穂」と、島国日本が海の幸に恵まれることを願った12本の線「海」と、真ん中の穴には16個のギザギザがついた「歯車」が描かれています。

すなわち五円玉には、農業の発展、漁業の発展、工業の発展、敗戦後の日本の復興を願った三つの願いが託されているのです。託した願いのもと、誰もが一生懸命に働きました。願いがかない、我が国も一時は世界の経済大国などと言われるまでになりました。

この五円玉には多くの思い出があります。お正月のお年玉は子ども達にとってなによりの楽しみです。袋のなかには必ず五円玉が入っていました。大きな飴玉が五個も買えました。お金持ちの上棟式の投げ餅では、餅に交じって五円玉がまかれました。戦後の子ども達は五円玉と共に育ってきたのです。 

敗戦から奇跡の復興、高度経済成長期、東海道新幹線開通、沖縄返還、バブル経済と崩壊、東日本大震災など、未曽有の歴史を見てきた五円玉も今年で77歳になりました。そして今も立派に現役です。3歳年上ですが、私もまだ現役で頑張っています。

「実るほど頭の垂れる稲穂かな」五円玉の稲穂は豊に実り頭が垂れています。人間も一流と言われる人は謙虚です。

「掃除の神様」と言われた故鍵山秀三郎氏がいます。以前、野口塾移動例会の下見に小田原の二宮尊徳記念館へ、塾頭の中條 尚さんと行った時のことです。帰り道に知人から電話が入りました。今、小田原駅に鍵山氏と一緒にいるとのことです。私はお会いしたことがありますが、中條さんは一度もありません。すぐに行くからと知人に連絡し車を飛ばしました。

駅に着くと改札の外で鍵山氏が、穏やかな笑顔で立ち話をしておられました。私達のために30分も立ちっぱなしで待っていてくださったのです。氏は上場会社の「大社長」です。トイレ掃除を哲学の域まで高め、掃除を世界に広めた「掃除の神様」です。その姿は5円玉に描かれている稲穂そのものでした。

歴史を振り返ってみても、一流と言われた人ほど謙虚で人格者です。近くは二刀流で大活躍の大谷翔平選手などにも言えるのではないでしょうか。高い役職や立場に就くと、何を取り違えたか、炙ったスルメのごとく反り返ってしまう人がいます。稲穂とスルメ、どちらが「カッコイイ」かは、一目瞭然です。