釈迦は、この世の悩み・苦しみの根元は、「思いどおりにならないこと」と見抜いた。だから、「思いどおりにしようとしないで、受け容れよ」と言った。その最高の形は、「ありがとう」と感謝することだったのです。~釈迦の教えは「感謝」だった~ 小林正観 著
斎藤一人さんが次のような話をしています。
お釈迦様は悩みをなくそうと思い修行をしました。滝に打たれ、断食もし、極限まで自分を追い詰めました。難行苦行のあとに言った言葉はたった一言、「無駄である」でした。この二つの話は苦悩の根元を見抜いたお釈迦様の話です。
生きることは思い通りにならないことです。思いどおりにしたいのに叶わない、だから人は悩み苦しみます。「思いどおりにしようとしないで、受け容れてしまう。」これができれば、悩み苦しみは一気に消滅に向かいます。
ある我の強い姑さんがいました。誰が見てもお嫁さんは大変だと思いました。が、このお嫁さん悩みや苦労を一切顔に出さず、常に明るくふるまっています。ここへ嫁いだから成長できたと感謝さえしています。自分の思いどおりにしようとしないで、受け容れてしまったのです。家には波風も立たず、姑さんは寿命をまっとうし旅立っていきました。幸せなおばあさんでした。
この仕事をしていると遺産分割協議に立ち会うことがあります。弁護士以外が分割協議に立ち会う場合は、司会進行役に徹し、交渉、説得、誘導を控える。立ち会いで報酬をもらわないが鉄則です。ここは弁護士法72条に抵触しないよう最も注意が必要です
《例》ある相続案件を引き受けました。不動産の価値で意見が対立し揉めに揉めました。相続人の怒号も飛び交い分割協議は大荒れです。こんな時は何を言っても無駄です。なるようにしかなりません、川の流れに身を任せることです。数回の協議を重ね、難産の末ようやくまとまり、いよいよ明日は遺産分割協議書の調印です。
夕方、相続人の一人から突然電話が入りました。知り合いから「それでいいのですか」と言われたそうです。相続で当事者以外の人が無責任な口をはさんでくるのはよくあることです。ここで話が壊れたら今までの苦労が水の泡です。
想定外の出来事でした。だが、「もう少し苦労をしろとの天の声」と言い聞かせ、この事実を受け容れました。本人を説得するには時間がありません。もし法律問題(裁判)にしてしまったら、時間や費用と精神的負担を考えると相続人全員の不利益です。翌朝、他の相続人に連絡し、代償金の調整で何とか収まり事なきを得ました。
「なぜ余計なことを言った。どうしてくれる。」そんな気持ちになっていたら、悩み苦しむだけで判子は揃わなかったと思います。
この事実を受け容れたからこそ冷静な判断ができたのです。終わってドッと疲れたワースト10に入る相続でした。
